Leavers Lace

Calais, Caudy / France

リバーレース(Leavers Lace)はレース生地の中でも一番格高いとされています。高級ランジェリーやオートクチュール、またブライダル用途(ウェディングドレス)に使われています。

 細い糸をさまざまな模様に撚り合わせて作るリバーレースは特別な機械を使い、熟練工の手によって生産されています。その繊細で上品なテイストはまさにレースの芸術品といえるものです。 

さてそのリバーレースですが、現在は主にフランスのCalais(カレー)とCaudry(コードリー)という小さな町で作られています。どうしてでしょうか?

leavers lace リバーレース

リバーレースの歴史はヨーロッパのレース作りの歴史そのものです。レース作りの始まりはもちろんハンドメイドでした。

 古くは16世紀にイタリアのベニスで始まったとされます。1本の糸を縫い針で糸輪を組み合わせながらかがって作るニードルポイントレース(Needle Point Lace)というものでした。また同じ頃フランダース地方でもボビンレースという、ボビン(糸巻き)を使い糸を同時に何本も操って作る手法も始まりました。 

これらの手作りのレースは相当の制作時間と熟練を要したわけですが、時代が流れる中で機械化に進みます。

19世紀のイギリス産業革命の中、1808年にジョンヘスコート(John Heathcoat) が六角形のチュール生地(ボビンネット)を作れる織機を開発し、特許登録しました。イギリスのノッティングガム(Nottingham)はボビンネットの一大生産地となり、これが大きな転機となり、レースの機械製造へ弾みがつきます。

 ボビンネット機に改良を加え、レースの機械製造を可能にしたのは、1813年のジョンリバー(John Leavers)の発明です。経(たて)糸にボビン糸を絡ませて複雑な模様を作ることが出来るようになりました。この原理は現在のリバーレースでも同じで、その名前の由来となっています。 

その後、機械レース産業はイギリスに多くの富をもたらし、イギリス政府はこの産業を独占するために、リバーレース機械の輸出を固く禁じました。

しかし1816年、労働者の産業革命に対するラッダイト運動(機械破壊運動)が起こり、その混乱の中、フランスに良き未来を信じた3人の技術者がドーバー海峡を越えてフランスに渡ります。そして3人はフランスのCalais(カレー)でリバーレース機のセットアップに成功します。
カレーの情報サイト)

 ナポレオン戦争で疲弊していた町は意欲的にその技術を取り込み、1820年代に産業として一気に花開きます。また一部の者は内陸のCaudry(コードリー)に赴き、そこでもリバーレース生産が町の産業となり、現在に続きます。
コードリーの情報サイト

全盛期である頃の1910年、カレーには2,708台のリバーレース機があり、32,000人を雇用していたといいます。 

またそれから時代が流れ、2度の世界大戦も乗り越え、その機械と技術は守られてきましたが、他のレース技術も発展し、またアジア地域で作られる安価なレースとの競争の中で、リバーレース産業は衰退してゆきます。

 1987年にリバーレースの機械の製造は終わっており、現在は新しい機械は作られていません。現役のリバーレース機は約700台といわれ、その80%がカレーとコードリーにあります。 

その優位性を保つため、代々フランスのリバーレース会社は倒産して売りに出るリバーレース機械を計画的に買い締めて、外に出ないようにとしてきました。しかし近年はそれも難しく、一部のリバーレース機械はアジア方面に流出しています。

しかしリバーレースは伝統に裏打ちされた歴史をもち、またその精巧さと美しさで、ウェディングドレスには欠かせない素材としてあり続けるでしょう。

コードリー市役所(1875年建築で現役)
コードリー市役所(1875年建築で現役)

以下はウェディング用のリバーレースを作っているカレー/コードリーにあるリバーレースメーカーです。 

Solstiss
http://www.solstiss.com/en/

SOPHIE HALLETTE
http://www.sophiehallette.com/

BEAUVILLAIN
http://www.beauvillain-davoine.com/

NOYON
http://www.noyon-dentelle.com/